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最高裁判所第三小法廷 昭和34年(オ)1187号 判決

上告人 静岡県人事委員会

被上告人 山田洋

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一点乃至第六点について。

地方公務員法四六条が実体法上具体的な措置の請求権を認める趣旨のものでないことは所論のとおりである。しかし、同条は、地方公務員法が職員に対し労働組合法の適用を排除し、団体協約を締結する権利を認めず、また争議行為をなすことを禁止し、労働委員会に対する救済申立の途をとざしたことに対応し、職員の勤務条件の適正を確保するために、職員の勤務条件につき人事委員会または公平委員会の適法な判断を要求し得べきことを職員の権利乃至法的利益として保障する趣旨のものと解すべきことは、原判示のとおりである。従つて、同条に基く申立を違法に却下した場合が右権利の侵害となることはもとより、右申立に対し実体的審査をし棄却の裁決を与えた場合においても、審査の手続が違法である場合には、適法な手続により判定を受くべきことを要求し得る権利を侵害することは明らかである。さらにまた、審査の手続が適法である場合でも、委員会が採るべき措置のいかんについては-この点について委員会に広い裁量権が認められ、場合によつては申立を棄却することも裁量の範囲内の措置として適法になし得るとはいえ-裁量の限界があり、この隈界を越えて違法に申立を棄却することは、裁量権の限界内の適法な措置を要求する権利を害した意味で、なお、違法に職員の権利乃至法的利益を害することとなるものと解すべきである。以上を要するに、地方公務員法四六条は、職員の措置要求に対し、適法な手続で、かつ、内容的にも、裁量権の範囲内における適法な判定を与うべきを職員の権利乃至法的利益として保障する趣旨の規定と解すべきであり、違法な手続でなされた棄却決定の限界を越えてなされた棄却の決定は、同条により認められた職員の権利を否定するものとして、職員の具体的権利に影響を及ぼすわけであるから、右棄却決定が取消訴訟の対衆とする行政処分に当るものと解すべきことは、原判示のとおりである。

もつとも、委員会の判定の内容は、多くの場合、勧告的意見の表明であつて、それ自体で、直接職員の勤務条件に及ぼすものではなく、それ自体としては一種の行政監督的作用を促す効果をもつに過ぎないことも所論のとおりであるが、勧告的見にせよ、人事行政の専管機関である委員会が、法律の規定に基き正規の手続で意見を表明した場合には、どの意見の表明がない場合に比して職員が法的にもいつそう有利な地位におかれることは否定し得ないところであつて、かかる効果を伴う意見の発表を要求し得る法的地位を職員に認めた以上、この意見の発表を要求し得べき職員の権能は、一種の個人的権利乃至法的利益と解するに妨げがなく、右意見の発表を違法に拒否する委員会の決定は、右の個人的権利乃至法的利益を害する意味において、違法な行政処分と解さざるを得ない。同法四六条は、一面において、個々の職員に職員全体の代表者として職員全体のために委員会に行政監督意見の発表を要求し得べき地位を認めたものと解されるが、同時に、勤務条件につき不利益を受けた職員個人のためにも、意見の発表を要し得べき地位を認めたものと解すべきことは前述のとおりであるから、同条に基く申立の権能が一面において公的性質を保有するということだけで、ただちに申立を違法に却下または棄却する委員会の決定が個人の権利義務に関せず、従つて行政処分に当らないということはできない。

また、職員の勤務条件につき同法四六条に基く申立とは別個に司法的救済を求める途があるということは、右申立を違法に却下または棄却する決定が抗告訴訟の対衆となる行政処分に当ると解することの妨げとなるものではない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 島保 河村又助 高橋潔 石坂修一)

上告人の上告理由

地方公務員法第四六条所定の勤務条件に関する措置要求につき人事委員会又は公平委員会の為す要求棄却の判定が、行政事件訴訟特例法第一条の取消訴訟の対象となる行政処分に該当するとして第一審判決を破棄した原判決は、同条の解釈を誤つた違法がある。

その理由は次の通りである。

一、本件事案の概要は、被上告人が静岡県立富士高等学校の教諭として上告人に対し(一)被上告人が昭和二四年四月から昭和三二年一月までの間に勤務校においてなした宿直(合計十回)日直勤務に対してその勤務に相応して計算される超過勤務手当、夜勤手当、休日給の支給額から宿日直手当としてすでに支給された額を控除した額を支給するよう(二)静岡県教育委員会は被上告人が宿日直勤務に服することを応諾しかつ宿日直勤務の内容が昭和二三、九、一三基発一七号、昭和二三、四、一七基収一〇七七号の基準を下廻らない場合に限り、上告人に対し宿日直勤務の許可を求め、かつ上告人の許可のない限り宿日直勤務に服させないよう(三)宿日直手当の額は超過勤務手当を下廻らないよう、それぞれ措置すべきことを勧告することを求めたところ、上告人は該要求を棄却する旨の判定をしたので、被上告人から該判定取消の行政訴訟を提起したのである。

第一審判決はかかる判定は行政訴訟の対象となり得ないから被上告人の訴は不適法であるとして却下した。

原判決(第二審)は、地方公務員法第四六条に基き人事委員会又は公平委員会に対して勤務条件に関する措置の要求をなし以て適法なる判定を受けることはそれ自体が職員に保障された地公法上の権利(「措置要求権」という)であるから、措置要求が却下された場合でも棄却された場合でもその判定は行政事件訴訟特例法第一条の取消訴訟の対象となる行政処分に当るというので第一審判決を破棄した。

二、然しながら措置要求却下の場合と棄却の場合とを法律効果において同様に視ることは誤りである。

右にいわゆる措置要求権なるものは、職員が人事委員会又は公平委員会に対して、「何等かの判定を求める」こと及び「措置の要求内容の正否につき判定を求める」ことを内容とするものであつて、職員にとり行政措置に干する審査手続を要求する権利ではあるが、実体法上具体的な措置の請求権があるわけではない。

故に若し判定の内容が違法なる却下である場合には「何等かの判定を求める」という具体的な権利が侵害されたことになる。地方公務員法第六一条第五号の規定は職員の此の意味の権利を保護するものである。従つて措置要求が違法に却下された場合には職員は直接且つ具体的に権利を侵害せられたとして司法裁判所にその取消を求めることができるであろう。

然しながら措置要求の申立が受理され、人事委員会又は公平委員会が審査に入るならば最早「何等かの判定を求める」権利は満足されたわけである。

そこで措置要求についてその内容審査の結果に基き為される判定は、要求に理由がないときの棄却と、要求が正当であるときの要求認容とがあるが、元来措置要求の審査は不利益処分の審査と異り司法的性質を有するものではなく、その判定は要求者本人に対して直接に法律的に拘束する効果を帰せしめるものではない。「判定それ自体によつては当然には既存の法律関係に実体上の変動を生ずることのないのが通例であり」「判定がそれ自体職員の勤務条件を直接変更するものではない」ことは原判決も認めるところであつて此の制度は特定の個人に対する救済を目的とするものではなくして行政作用内部における一種の監督的作用を促す効果を持つに過ぎない。即ち「措置の要求内容の正否につき判定を求める」ということは人事委員会又は公平委員会の判断意見の表明を求めるに過ぎないことに帰着する。このように判定は職員の権利義務その他法律関係につき法律上拘束力をもつところの何等の変動をもたらすものでないから、行政事件訴訟特例法第一条の処分には該当せず、取消訴訟の対象となるべきものではないと解すべきである。

地方公務員法第四七条は単に人事委員会又は公平委員会の執るべき義務を規定したものであつて、判定の性質につきての右解釈の妨げとなるものではない。

三、原判決は、措置要求棄却の判定を以て訴訟の対象たるべき行政処分に当らないとするとその判定が如何に違法な判定であつても司法裁判所による救済を受ける途がないことになり不当であるという。

然しながら職員が自己の具体的権利の侵害を救う方途として人事委員会又は公平委員会に措置の要求をする場合にあつては、此の措置要求とは別に直接司法裁判所にその救済を求めることが出来るのである。例えば本件において被上告人は本件判定に拘束されることなく別に宿日直手当不足額の請求又は宿日直義務不存在確認の訴訟を司法裁判所に提起することができるわけであるから、職員の具体的権利の侵害に関する限り救済の途を閉されることはない。若しそれ具体的な権利義務その他法律関係につきての紛争以外のものが行政訴訟の対象とならざることは言をまたないところである。

四、原判決は、人事委員会又は公平委員会により措置要求が棄却された場合に司法裁判所にその判定の取消を求めるのは、此の場合職員は人事委員会又は公平委員会の判定により直接その勤務条件に法律上の不利益を受けたことを主張するものではなく、人事委員会又は公平委員会の判定により「自己の措置要求権が侵害された」ことを主張するものであるから、この判定は取消訴訟の対象となる行政処分に当ると解されなければならないというのである。

然しながら前述の通り人事委員会又は公平委員会の「勤務条件に関する措置要求に対する判定」は彼の「不利益処分審査請求に対する判定と異り、当事者を法律的に拘束する何等の効果をも有しない(人事委員会又は公平委員会の判断意見の表明に過ぎない)のであるから此の場合職員について「権利の侵害」という観念を容れる余地は全くないといわなければならない。

抑々行政訴訟の対象となる行政処分というのは、その処分により具体的な権利義務その他法律関係につき法律的に拘束力ある効果をもたらすものでなければならない。そうでなければ訴の利益がないからである。本件において被上告人の措置要求が仮りに正しいとして判定の結果その要求通りの勧告が県教育委員会に対して為されたとしても、その勧告は(もとより尊重せらるべきことが高度に期待せらるべきものではあるが)同教育委員会を法律的に拘束するものでないことは「勧告」なるものの性質に徴して明らかである。又被上告人の措置要求が棄却されても、被上告人はその判定により何等法律的に拘束されることなく別に裁判所に対して宿日直手当不足額の請求或は宿日直義務不存在確認の訴を提起し得ることは前述の通りである。さすれば本件措置要求についての判定により、被上告人は一体如何なる具体的権利義務その他法律関係上の拘束を受けることになるのか?従つて取消訴訟を提起するにつき一体如何なる訴の利益があるといえるのか?事案に即して充分に考えるべきである。

五、以上要するに原判決が措置要求却下の判定と棄却の判定とを同一視するの誤りを侵して、棄却の判定でも行政事件訴訟特例法第一条の取消訴訟の対象となる行政処分に該当するとしたのは措置要求の内容の正否について為す判定の性質に関する解釈を誤つたものであつて判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があるものと信ずる。

六、本件の如く、勤務条件に関する措置の要求に対して、人事委員会又は公平委員会が為した判定が、行政訴訟の対象となる行政処分であるか否かについて、従来の判決例(例えば鳥取地裁昭和三十年七月二十日判決--行政事件裁判例集六巻七号、一八五八頁--及び本件訴訟の第一審判決等)は行政訴訟の対象となる行政処分ではないとして居る。然るに原判決は、これ等の判決例と異る見解をとつて居るので、御庁の最終的判断を得ることが必要なので敢て上告した次第である。速かに適正なる判断を得たい。

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